創業融資と物件契約のタイミング|サロン開業で先に本契約してはいけない理由

創業融資
この記事の結論(3行)
・正しい順番は「物件を仮押さえ → 見積を取る → 融資を申し込む → 内定 → 本契約」です。
・本契約を先にすると、審査に落ちたときに保証金が戻らず、しかも自己資金が減って審査そのものが不利になります。
・とはいえ物件が白紙でも審査は進みません。必要なのは契約書ではなく、物件資料と工事の見積書です。

「いい物件が出たので、今日中に決めてくださいと言われて、申込金を入れてきました」

電話でそう言われた瞬間、私はいつも少しだけ息を止めます。次に聞くのは決まって「それは申込金ですか、それとも契約金ですか」です。

この2つは、まったく違います。前者ならまだ引き返せますが、後者だと状況が変わります。

こんにちは。杉並区で美容サロン専門の税理士事務所をやっている清水智佳子です。この記事では、創業融資と物件契約のタイミングについて、どちらを先にすべきか、そして両方の時計をどう重ねるかを整理します。

創業融資と物件契約、正しい順番はこの5ステップです

先に答えを書きます。

1. 物件を探し、候補を2つか3つに絞る。家賃・坪数・保証金・契約期間を紙に並べます。この段階では何も払いません。

2. 第1候補に申込(仮押さえ)を入れる。ここで物件概要書と賃貸借条件の書面をもらいます。申込金が必要な場合は、返還条件を必ず書面で確認します。

3. 内装工事と設備の見積書を取る。その物件の図面を渡して、実際の金額を出してもらいます。ここが後で効きます。

4. 公庫に融資を申し込む。創業計画書と見積書、物件資料を揃えて提出し、面談を受けます。

5. 内定が出てから、本契約。そして工事着工、保健所の手続き、開業。

ポイントは、2と4のあいだを1週間以内に詰めることです。ここが空くと、仮押さえの期限のほうが先に切れます。

物件を本契約してから融資に申し込むと、何が起きるか

ここは具体的な金額で見たほうが早いと思います。

家賃15万円のサロン物件。保証金10ヶ月で150万円、礼金1ヶ月で15万円、仲介手数料1ヶ月で15万円、前家賃15万円。契約時に出ていくお金は195万円です。

自己資金300万円を貯めてきた方が、この契約を先に済ませたとします。

1つめの打撃。面談の日、通帳に残っているのは105万円です。総額500万円の計画に対して自己資金105万円。担当者から見える景色が、まるで変わります。実際には195万円を事業に投じているのですが、それが伝わるかどうかは説明の仕方次第になってしまう。

2つめの打撃。審査に通らなかった場合、礼金15万円と仲介手数料15万円は戻りません。保証金も、契約後の解約なら償却分を引かれます。契約書に「保証金の2ヶ月分は償却」と書いてあれば、30万円が消えます。

3つめの打撃。契約日から家賃が発生します。融資を待つ1ヶ月半、工事の1ヶ月、合わせて2ヶ月半のあいだ、売上ゼロで37万5千円を払い続けることになります。

順番を変えるだけで避けられる損失が、ここには60万円以上あるわけです。

「契約前でも審査は進む」ために用意する書類

ここで多い誤解を一つ。「契約書がないと融資の審査は始まらないのでは」というものです。

始まります。公庫が見ているのは契約書そのものではなく、金額の根拠だからです。

申込の時点で揃えておきたいのは、次の4つです。

物件概要書(いわゆるマイソク)。所在地、面積、賃料、共益費、保証金が載っているものです。
賃貸借条件の書面。不動産会社に「条件のわかるものをください」と言えば出してもらえます。
内装工事の見積書。1社ぶんでかまいませんが、一式いくらではなく明細のあるものにしてください。
設備の見積書。セット面、シャンプー台、ネイルデスク、什器。カタログの型番と単価がわかる形が理想です。

設備資金を申し込むなら、見積書はほぼ必須です。逆に言えば、見積書さえあれば契約は後回しにできます。

創業計画書の「必要な資金と調達方法」の欄に、この見積の数字をそのまま書き写す。それが最短ルートです。書き方は創業計画書の書き方・全8欄の記入例にまとめました。

公庫のスケジュールと物件のスケジュールを重ねる

2つの時計の速さを比べてみます。

公庫側。申込から面談までがおおむね1〜2週間。面談から審査結果までが1〜2週間。そこから契約手続きと着金。申込から着金まで、おおむね1ヶ月から1ヶ月半です。

物件側。申込から契約開始(家賃発生)までは1ヶ月前後が一般的。仮押さえの期限は1週間から2週間が相場です。

つまり、公庫のほうが少し遅い。この差を吸収する方法は2つしかありません。仮押さえの期限を延ばしてもらうか、申込を入れる前に書類を作り終えておくかです。

おすすめは後者です。物件が決まる前に、創業計画書の8割は書けます。経歴も、取扱商品も、売上の見通しの計算式も、物件が決まっていなくても組めるからです。

開業日から逆算するスケジュール

開業日をD日として、逆算表を置きます。

D-90日:物件候補を絞る。創業計画書の下書きを始める。自己資金の通帳を整える。
D-75日:物件に申込。同じ週に内装・設備の見積を依頼。
D-70日:公庫に融資申込。
D-60日:面談。
D-50日:融資内定。ここで物件を本契約。
D-45日:着金。工事着工。
D-15日:工事完了。保健所へ開設届(美容所の場合)。
D-5日:保健所の検査。
D日:開業。

ご覧のとおり、物件に申込を入れてから開業まで、最短でも2ヶ月半かかります。「来月オープンしたい」というご相談をいただくことがありますが、融資を使うなら、そのスケジュールはまず成立しません。

美容室・まつエクは、保健所の順番も絡んできます

ネイルだけのサロンなら美容所の登録は不要ですが、カット・カラーやまつげエクステを扱うなら、保健所の美容所開設届が必要です。そしてこれが、融資の遅れの影響を最後に受けます。

東京都の場合、施設が完成してから検査を受け、構造設備が基準に適合していることの確認を受けます。届出は営業開始希望日の10日前まで。検査後の事務処理にも1週間程度かかります。

さらに、図面の段階で相談しておくのが本来の形です。工事着工前に平面図を持って保健所に行くと、後戻り工事を防げます。作業室の広さ、消毒設備、区画。ここで指摘が入ってから直すと、工事費も日数も余計にかかります。

連鎖はこうです。融資の着金が2週間遅れる。工事の着工が2週間遅れる。完了検査が2週間遅れる。開業が2週間遅れる。そのあいだ家賃は発生している。

順番の話をしつこく書いているのは、この連鎖があるからです。

不動産会社には、最初に言ってください

「融資を使うので、内定が出てから本契約にしたいのですが」

この一言を、内見のときに言っておく。それだけで、後の交渉がまるで変わります。

言いにくい気持ちはよくわかります。断られるかもしれない、優先度を下げられるかもしれない、と思ってしまう。でも創業融資を使う開業者は珍しくありませんし、店舗物件を扱う不動産会社なら慣れています。黙って進めて途中で言い出すほうが、よほど関係がこじれます。

あわせて確認しておきたいのが3点。

申込金の返還条件。「預り金」なのか「手付」なのか。口頭ではなく書面で。
仮押さえの期限と、延長の可否。公庫に申込済みという事実は、延長交渉の材料になります。
保証金の償却。解約時に何ヶ月分が戻らないのか。契約書の条項を先に読ませてもらいます。

それでも「今日中に決めてくれないと他に回す」と言われたら、その物件は一度手放す判断も必要です。焦らせて契約させる相手と、これから何年も付き合うことになるわけですから。

自己資金が減る前に、全体の数字を組んでおく

この記事で一番お伝えしたいのは、物件契約は「支払い」であると同時に「審査材料の目減り」でもある、ということです。

自己資金は、面談の日にいくら残っているかで見られます。使ってしまった195万円は、通帳の残高としては見えません。

だから順番なのです。借りられる額が決まってから払う。その順番を守るだけで、同じ物件、同じ計画のまま、通りやすさが変わります。

自己資金の見られ方そのものについては、美容室開業の自己資金はいくら必要かに詳しく書きました。

よくある質問

Q. 創業融資と物件契約はどちらが先ですか。
A. 融資が先です。正しくは「物件を仮押さえ → 見積を取る → 融資申込 → 内定 → 本契約」の順番になります。本契約を先にすると、審査に落ちたときに礼金・仲介手数料・保証金の償却分が戻らず、家賃も発生し始めます。
Q. 物件が決まっていなくても融資の審査は受けられますか。
A. 契約書がなくても進みます。ただし白紙では進みません。物件概要書と賃貸借条件の書面、そして内装・設備の見積書があれば、設備資金の金額に根拠がつきます。公庫が見ているのは契約書ではなく金額の根拠です。
Q. 公庫の融資は申込から着金までどのくらいかかりますか。
A. おおむね1ヶ月から1ヶ月半です。申込から面談まで1〜2週間、面談から審査結果まで1〜2週間、そこから契約手続きと着金という流れになります。物件の仮押さえ期限は1〜2週間が相場なので、申込前に書類を作り終えておくのが安全です。
Q. 物件に申込金を払ってしまいました。もう戻れませんか。
A. 申込金(預り金)であれば、契約前の段階なら返還されるのが原則です。手付金として授受されている場合は扱いが変わります。まず書面で名目と返還条件を確認してください。本契約前であれば、まだ順番を組み直せます。

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